「すこし、外に出てくるよ」
ハリーはもう限界だった。
戦いのあと、ハリーはまるでマグルにおけるイエス・キリストのように崇められる日々にうんざりとしていた。
11歳の頃にも人々の異常なまでの崇拝に驚き疲弊していたが、ヴォルデモート卿を倒した今とは比べものにならない。
英雄なんかじゃない、みんなのおかげだ、そう言っても謙虚すぎるヒーローだと褒め称えられ更に人々が群がる。
やめて、そうよばないで。
こないで、ひとりにして。
親友であるロンとハーマイオニーはもちろんハリーを守ろうと立ちはだかってくれるが、ハリーはそれでさえも傷口に塩を塗られる気分になった。
2人だけの時間も欲していることくらい分かっていたし、何より一緒に戦い抜いた2人自身も傷ついているのだ。
「分かった」
「冷えないようにね」
ロンとハーマイオニーは困ったような顔をしつつもこうして夜な夜な外へ行くハリーを止めることはない。
きっと、分かっているのだ。
自分たちだけではハリーの痛みを癒すことはできないと。
いつまで経っても幸福感は訪れない。
戦いに勝って、平和になったとしても両親は戻って来ないのだから。
シリウスもリーマスもセブルス・スネイプも、こちらに戻ってくることは決してないのだから。
「結局ひとりぼっちじゃないか」
そのとき、ふわりと優しい、花のような芳香がハリーの鼻を掠めた。
「ひとりぼっちじゃないわ」
綺麗な赤毛にすらりと伸びた脚、そして空のように澄んだ青い瞳。
「やあ、ジニー」
「こんばんは、ハリー」
「どうしてここにいるんだい?」
ハリーは突然、ジニーと2人きりで話すことが久しぶりであることに気づいた。
あの戦いが終わってから無意識にジニーを避けていたことも思い出す。
「ここ、わたしのお気に入りなの」
ホグワーツでいちばん星が見えるところだから、とジニーは微笑んだ。
「よく来るの?」
なんだかその柔らかい笑顔が眩しさにハリーはぼんやりと光る月に目を遣る。
「眠れないときは、ね」
ジニーはすとん、とハリーのすぐ隣に腰を下ろした。
きらきらと輝きを放つ星が夜空を駆け抜けていく様子をハリーとジニーはただずっと眺めていた。
ジニーとの沈黙はとても心地良いな、とハリーは思う。
気まずいものでは決してなく、なんだか心が穏やかになっていくのだ。
「ねえ、ジニー」
「どうしたの?」
「僕って、誰だと思う?」
どうしてこんな訳の分からない質問をしたのかは自分でも分からない。
しかし、なんとなく…ジニーなら分かってくれるような気がしたのだ。
「そうね…ただのハリーかしら」
「ただの?」
「『生き残った男の子』でも『選ばれし者』でも『英雄』でもない、わたしの大好きなハリー・ポッターってこと」
ハリーは驚いた。
そして、とても嬉しかった。
「わたしはずっと昔からあなたのことが好きだった。それはあなたが英雄だからじゃない。ちょっと不器用だけど勇敢で、優しいあなたが大好きなの」
「ジニー…」
「ハリー、あなたはひとりぼっちなんかじゃない。だって、あなたのそばにはずっとわたしがいるから」
思わずハリーはジニーを抱き締めた。
「だからね、ハリー。我慢しなくていいの、泣いていいのよ」
「あなた、この頃ずっと作り笑いをしてる。わたしの前では強くなくたっていいの。だってわたしはどんなあなたでも愛せる自信があるから」
ジニーはハリーのくしゃくしゃの黒髪を撫で、回した腕に力を込める。
「きみは強いね」
ジニーの包容力は今まで感じた何よりも暖かく、ハリーを幸せにさせた。
それが晶となってハリーの頬を流れる。
初めての、涙だった。
幼い頃の環境はハリーに甘えることも泣くことも教えてはくれなかった。
どんなに悲しいことがあっても泣くことはできず、ただ自分を責めるだけ。
17歳になってやっと零れたハリーの涙をジニーが薄いガウンの袖で拭う。
「愛してるよ、ジニー。きみの強さも優しさも全部愛してる」
「わたしもよ。余すことなく、あなたを愛してる」
心からの笑顔と力をくれるこの少女をより一層強く抱き締めた。
--End